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NMY

京都でトレランをしているおじさんのブログです

過重圧殺!

朝、京都の街を会社まで、40分くらい歩いて行きます。嫁と一緒なので、会話をするのに良い時間で、よく歩きながら話をします。だいたい毎日、しょうもない内容なんだけど、毎日だから同じ話題ばっかりじゃ飽きるし色々話すわけです。

ある時、線路沿いを歩いていたら、大学だか専門学校だかに向かう若い男女とすれ違いました。彼女の方がすごく怒っていて、自転車を押しながら歩く彼に向かって、喚き散らしてました。手はグーに握ってスネアを叩いてる時のように上下に動かしていて、脚はドンドンと正に地団駄踏んでいるんです。漫画かアニメくらいでしか見たこと無いようなステレオタイプの感情表現で、ついつい見とれてしまいました。

その光景を見た僕と嫁は、怒りという感情を道端で表現することについて話し合いました。例えば、普段街で見かける怒っている人は、どういうシチュエーションが多いのか。改札で駅員さんに怒っている人を見るだとか、歩きながら携帯電話に向かって怒っている人もいるだとか、そういう話です。ああそういうことあるよねとか、それは見たこと無いなとか言いながら、その内ひるがえって自分達が怒るときはいつどういう時かという話になりました。

嫁は怒る時がないと言います。確かに怒っているところを見たことがない。例えば僕が酔っ払ってお風呂に頭から入ろうとしたときに怒って止めたとか、そういう止めないとやばい時は怒るけど、感情として怒りが爆発するようなことがないと。確かに僕も記憶にありません。次に僕はどうかという話になって、最初は僕もないかなと言いました。でもその後、よくよく考えてみると結構怒っているなということに気付きました。

西京極でさんぺーシュート打てよ!と怒ったり、居酒屋ですみませんさっき注文した生ビールまだ来てないんですけど(ムスッ)と怒ったりしてます。この前金曜日の会社帰りに嫁と鉄板焼き屋に行ったときは、数時間ひたすら怒り続けていました。それは嫁にではなくてとある事象に対してなんですが、よくもまあ数時間もただただ怒り続けたもんだと、翌日恥ずかしい気持ちになりました。カウンターの向こうで肉やら貝やら焼いてた定員さんに、迷惑だったろうなと思います。

怒ると怒っていたことが外に出て、本人はすっきりして忘れるんだと思います。怒ることで、自分の中に溜まったマグマが外に出て、それですっきりするのかなと思います。でも、その場にいた人は気分が悪いでしょう。すみません。