ハセツネ2016を走ってきました

日本山岳耐久レース (ハセツネCUP) を走ってきました。僕にとって初めてのハセツネです。先月の信越五岳に続く、今年の2大メインレースとして挑んだこの大会。今回は完走するだけでなく、タイムに拘る、自分の全てを出し切ることに拘る、それがテーマでした。

目標はサブ15。更に、最初から全力で突っ込んで13時間台でのゴールを目指そう。体力の温存なんて忘れて、最初から全てを出し切りたい、そして全てを出し切った先にある、自分の限界に挑戦したいと思っていました。

今思うと、ちょっといい気になっていたんだと思います。先月の信越五岳を完走できて、もっと行ける、もっとやれると思っていました。でもそんな脳天気に突っ込んで行ける程、ハセツネは甘くなかった。日本山岳耐久レースと冠されたこのレースで、山の厳しさを教えてもらいました。

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朝から降り続けた雨は、スタート前に止みました。五日市中学校のグラウンドに、目標タイム毎に列を作って並びます。僕が並んだのは12時間台の列。13時間台の列がなかったので、1つ前の列に紛れ込みました。

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それでもスタート地点からはるか後方。このままだとまともに渋滞に引っかかってしまうんじゃないか。既に焦り始め、スタートから1分30秒後、ゲートを越えたところからいきなり全力で突っ走ります。

息を切らせながらロードを走りきり、廣徳寺を越えて最初のトレイルに入るところからいきなりの渋滞。変電所を抜け、今熊神社の石段を登った先でもまた渋滞。渋滞を抜けると次の渋滞までになるべくいい位置を確保しようと気合で走ります。普段は歩くくらいの上り坂でもおかまいなし。そうして前の方の位置を確保すると、周りのペースがめちゃくちゃ早く、自分が遅くて渋滞悪化の原因になったら嫌なので更にペースを上げました。

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そうしてペースアップの循環にはまること1時間21分。十分13時間台の狙えるタイムで入山峠を越えました。

入山峠からは醍醐丸までの登り基調のトレイルへ。気がつくと、全身が汗でびしょ濡れになっていました。気温はそこまで高くはないものの、午前中降り続けた雨で湿度が限界まで高まっていたんだと思います。霧に覆われた多湿の森。ミストサウナの中を走ってるようでした。フラスクに入れた麦茶は全て飲み干し、ハイドレーションパックの水に手を付け始めていました。

そして、早くも脚が重く上がらなくなってきました。レースはまだ序盤、10km程度進んだだけです。いくら何でも早すぎます。そして少しづつペースが落ち、周囲から遅れ始めました。

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醍醐丸を登りきったのは3時間5分。そして第1関門の浅間峠に到着したのは、辺りもすっかり暗くなった4時間33分。もう既に、サブ15もギリギリのペースまで落ちていました。脚が重く、汗ばっかりかいて息があがり、なかなか思うように走れずに焦りました。第一関門ではヘッドライトを装着し、ポールを取り出して、妻につくってもらったゆかりおにぎりとウィダーインゼリーを食べて、トイレに行って、到着から10分後に出発しました。

日が暮れると、ようやく蒸し暑さが収まって涼しくなってきました。第1関門からはポールが使えるので、重い脚を腕でカバーしながら進みます。ここから三頭山を超えるまで、15km近く登り基調の続くハードなパート。前の人のペースに合わせて、ポールを駆使して進み、飛ばしすぎないように気をつけました。

そうしてたどり着いた32km地点の西原峠。ここで空になったジェルのゴミとジェルを入れ替えるためにバックを下ろした時、あまりに軽すぎることに気づきました。もしやと思ってハイドレーションパックを取り出してみると、水がほとんど入ってませんでした。呆然としました。

ここから唯一の給水ポイントである第二関門まで、約10km。間にはコース最高峰の三頭山がそびえ立ちます。三頭山への厳しい登りを水なしで進むなんて、さすがに無謀なんじゃないか。リタイアも頭をよぎりました。でも、行けるところまで行ってみることにしました。

とにかく、汗をかかないように少しづつ登る作戦で進みます。体温が上がると汗が出るので、少し登って息があがってくると止まり、体が冷えてきたらまた進む。最後わずかに残っていた水も、3口目であっさり尽きました。

だましだまし進むも、だんだん頭がクラクラしてきます。何度も何度も道端に座り込み、呼吸を整えて体を冷やします。そうして何とか三頭山を登りきり、山頂に到達。ついに登りきりました。

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後は5km下れば給水です。もう水が飲みたくて飲みたくて、気が狂いそうでした。あまり急いで体温が上がると汗が出ますが、かまわず走りました。後は下っていけば水が飲めると、そう信じて。

しかし梢口峠を過ぎたところで、また急登が現れました。もう嫌だ。水、水、水、水、水、水、水、水、水、水。意識も朦朧とし、その後も何度も出てくる登りを休み休み進みました。

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そうしてついに第二関門、月夜見駐車場の灯りが見えました。第二関門、9時間35分での到着です。ここでもらえるのは1.5リットル以内の水かスポーツドリンクのみ。念願の水ですが、勢い余って飲みすぎるとまたすぐ無くなってしまいます。少しだけ飲んだ久しぶりの水はめちゃくちゃ美味かったです。一緒におにぎりとチョコレートデニッシュを食べました。ようやく生き返った心地がしました。

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通過タイムはもうサブ15でのゴールが厳しくなってきていました。仕方ないから、とにかく完走を目標にしよう。あっさりと目標を切り替えて出発しました。

第二関門からは御前山と大岳山の2つの大きなピークを超えていきます。

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御前山を登りきった頃、GPSウォッチの電池が切れてしまいました。辛うじて現在時刻は確認できるものの、ペースや距離はわからない状況です。いよいよタイムはどうでもいいと感じるようになってきました。とにかく無事に完走しよう、そうしよう。

集中力も切れて、ぼんやりと御前山を下っている時でした。急な岩場で足を滑らせ、体が前のめりに中に浮き、前面から足元の岩に向かって倒れ込みました。咄嗟に持っていた左手のポールを前に突き出し、岩肌への直撃を免れます。その衝撃でポールはポッキリと折れ、右膝を強かに打ち付けました。

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ハセツネのために先週買ったばかりの Black Diamond のトレラン用ポール。でも、もしポールの代わりに手を付いていたら、折れていたのは僕の骨だったかもしれません。僕の代わりに犠牲になってくれたんだ、そう思いました。

打ち付けた右膝からはたくさん血が出ていたので、もしかしたらパックリ切れてしまったのかと心配しました。貴重な水を膝にかけて泥を落としてみると、4箇所に切り傷があるだけ。これなら何とか止血できそうです。ファーストエイドキットから絆創膏を取り出して貼り付け、血で滑ってすぐに剥がれるのでテーピングでぐるぐる巻きにしました。折れなかった方のポールを杖の代わりにして、右膝をかばうように歩き出しました。

何とか御前山を下りきり、痛む右膝を引きずって大ダワへ到着したのが午前1時丁度。出発から12時間が経過していました。大ダワには、救護エリアらしきものが見えます。

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怪我した右膝を見てもらおうかとそちらに向かってみると、そこはリタイアした人のための場所でした。ハセツネでは第二関門の給水以外、一切の補給やサポートが禁じられています。ここで救護を受けるということは、それはリタイアすることとイコールなのです。自分の力で何とかしないといけない。ハセツネの厳しさを、改めて思い知りました。

大岳山は、岩場の続く厳しい山です。三頭山、御前山と越えてきた2つの山。その最後に位置する最後の難関、大岳山。最初は何とか登っていけたものの、頂上付近の鎖場が強烈でした。片方のポールと、空いた手と、両足の全てを駆使して登り、何とか山頂に到着。

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急峻な登りの後は、急な下りの岩場です。御前山で派手に転んだ記憶も新しく、とにかく怖かった。足を滑らせたらさっきの怪我どころじゃ済みません。慎重に下っていきました。

大岳山を下りきり、走りやすい下りを飛ばしていると、今日始めて沢の流れる音が聞こえてきました。あの貴重で希少な水が、勢いよく流れる音です。テンションが上って更にスピードを上げると、天然の水場がありました。

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第二関門での給水は1.5リットルと限られた量でしたが、この湧水に制限はありません。やっと、お腹いっぱい、嫌というほど水を飲みました。フラスクにも給水し、頭からかぶって出発しました。

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最後の関門、長尾平の第三関門には13時間49分で到着しました。ベンチに座って、バックに残った最後の補給食、アンパンを取り出します。こしあんが甘くて美味しくて、さっきくんだばかりの湧水と一緒にいただきます。

ふと、自分は何をしてるんだろうと思いました。

東京の山奥までやってきてここまで14時間近く進んできたのは、ベンチに座ってアンパンを満喫するためじゃなかったはずです。水がなくなったからだとか、GPSウォッチの電池が切れたからだとか、転んでポールが折れたからだとか、膝を怪我したからだとか、そうやって諦める理由ばかり探して、完走すればいいやなんて呑気にアンパンを頬張る自分が急に情けなくなりました。このままじゃ駄目だ。食べかけのアンパンをバックに押し込んで走り出しました。

情けなくて悔しくて、涙が出てきました。やがて涙は後悔の嗚咽と共に溢れ出し、全力で走りながら号泣していました。せめて最後に、全てを出し切ってゴールしたい。こんな情けない言い訳ばかりのままレースを終えたくない。出し切ってやりきって、それで駄目なら仕方ないけど、自分に負けるのだけは嫌でした。

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日の出山で東京の夜景を眺める間もなく、写真だけ撮って後で見ようと走り出しました。走りやすい下り基調の金比羅尾根。息が切れてもお構いなしに全力で走り続けました。シングルトラックの細い道でしたが、沢山の人に道を譲ってもらいました。すみません、ありがとうございます、右を失礼します。そう小声で声をかけ、スピードは緩めずに疾走しました。

残り5kmの標識を越えた頃にはもう14時間50分を超えていました。いくら何でもサブ15はもう絶望的です。でも、それでも良かったんです。とにかくやりきろう、全力を出し切ろうと走りました。

残り1kmの標識を超え、最後のロードも駆け抜けて、15時間26分06秒でゴールしました。男子総合で626位。第三関門の735位から、100人以上を追い越してのゴールでした。

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反省ばかりのレースになりました。調子にのって最初に突っ込みすぎたこと、給水の配分を誤って水を切らしたこと、GPSウォッチの設定を誤ったこと、そして何より、自分に言い訳をして早々に目標を諦めたこと。でも、最後の最後にがんばれて良かったです。

去年初めて比叡山のレースに出てから2年半、順調に色んなレースを完走してきました。それでちょっといい気になってたんだと思います。サブ15どころか、もっと行けるんじゃないか。それが無理そうだと分かると、無理だった理由を探して小さいプライドを保とうとする。そんな自分の弱さに直面したレースになりました。

帰りの電車で京都の山が見えてきた時、この京都の山々でもう一度出直そうと思いました。今年は11月にMount Chop、12月に東山三十六峰を走ります。大好きな京都の山でまた、がんばりたいです。