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NMY

京都でトレランをしているおじさんのブログです

比叡山インターナショナルトレイルラン2015に参加しました

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比叡山 International Trail Run 2015 に参加しました。僕にとっては初めて参加するトレランのレースです。今年の2月に初めて京都マラソンを走ったので、京都の街の次は京都の山を走りたい、そんな考えで選んだレースでした。僕に走るきっかけを与えてくれた井原さんがエントリーするらしいから、一緒に走りたいなという気持ちもあって。今考えると、本当に甘い考えでエントリーしたもんだと呆れます。地元京都で何度か走ったことのある比叡山だし、距離も50kmだからそんなに長くないし、くらいに最初は思っていました。

そんな甘い考えが打ち砕かれたのは、コースが発表された4月の頭でした。いつもならバブテスト病院の脇から瓜生山経由して徐々に登っていく比叡山を、坂本からわずか4kmで登り切るなんて。いつもなら比叡山頂から尾根づたいに超える横高山の壁みたいな山頂付近を、一旦全部降りきってから登るだなんて。初めてのトレランで、何という難易度のレースにエントリーしてしまったんだと思いました。でも出るからには絶対完走したい、そう思って当日まで黙々と走りました。

レース前日、東京から井原さんがやってきてうちに泊まりました。去年の6月頭に、京都一周トレイルを走りにきた井原さんからトレランの話を聞いて、近所を走り始めたのが全ての始まりでした。あれから1年、こうしてまた井原さんが泊まりにきてくれて、一緒にレースに参加できるなんて、少し夢みたいだなと思いました。

当日は早起きして、井原さんの運転でレンタカーに乗って比叡山に向かいました。よく晴れたいい天気です。でも、このいい天気が曲者でした。ほんとにね。

10km スタートから 1A ロテルド比叡前まで

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初めてのレースだったので、スタート地点では最後尾近くに並びました。出走した1000人近い人たちが一気に東塔の裏からトレイルに突っ込んだらどうなるか、あんまり考えてなかったんですね。

9時ちょうどにスタートしてから東塔まで歩いて、トレイルに入る手前のところで20分くらいじっと並んで待っていました。渋滞待ちです。これが渋滞かーと呑気に眺めながらも、20分もロスしてしまったことに焦っていました。前半20kmは4時間で帰って来ようと思っていたのに、3時間40分しかなくなったと。

大比叡を超えてからも行列は続き、あんまり追い越したりもできないから焦りが募っていきました。瓜生山の手前から一本杉までの登りも、前の人にぴったりくっついて地道に登っていくしかなかった。そうしてじりじりと暑さに焼かれながら、行列のペースに従って第一エイドまで進みました。

20km 坂本への下りと 2A 根本中堂への登り

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第一エイドではバナナを食べたりコーラを飲んだりして、すぐに出発しました。井原さんに「ここから走れる下りだから走りましょう」とか偉そうに言っちゃって。無動寺を走り抜け、遠見岩も素通りして、坂本までの6kmちょっと、思いっきり走って下りました。

そして前半の山場、坂本からの急登です。わずか3km程で、比叡山を一気に駆け上がる厳しい登りでした。33度にも達した猛暑も相まって、何度も脚が止まりそうになります。もうここで止まって休みたいと何度も思いましたが、前を行く井原さんに絶対についていくんだと踏ん張りました。

そうしてなんとか登り切り、根本中堂に戻ってきたのがスタートから4時間ちょうど。スタート直後の渋滞で失った20分を、取り戻したんだと思ってました。この時は、代わりに電解質を思いっきり失ってたなんて、気づいていなかったけど。

根本中堂の第二エイドでは、お蕎麦をいただきました。比叡山の鶴喜そば、めちゃくちゃうまかった。2リットル近く持っていた水もほぼ空になっていたので、ハイドレーションパックいっぱいまで補給しました。塩昆布やポテトチップスで塩分もとって、「比叡」と焼印の入ったどら焼きを手にとってエイドを出発しました。時刻は13:10、残る距離は30km。井原さんとこれは行けるねなんて、話しながらの出発でした。

25km 横高山の入り口で

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根本中堂からは、京都一周トレイルのコースに沿ってしばらく走ったあと、一気に山を下っていきます。それまで何ともなかった右膝が、石段の階段が続くところで悲鳴をあげ始めました。着地するたびに右膝が痛みます。痛みに耐えかねて何度か立ち止まる僕に、井原さんがカニ歩きを教えてくれました。こうやってたまに横向きに降りるといいよと。横を向いて左足から着地してみると、確かに痛くありません。膝が痛くなるとカニ歩きに切り替え、何とか下りきりました。

地蔵前で横高山の方に折り返してすぐ、25km付近で異変に気付きました。平坦な道でスピードも出してないのに、心拍が上がりきって下がらない。動悸がします。目眩がし始め、意識も朦朧としてコース脇にへたり込みました。井原さんが心配そうに声をかけてくれますが、座っていても心拍が下がらない。立ち上がって、数メートル進んでみたけど、やっぱりだめでした。

「先に行ってください」井原さんにそう言いました。井原さんは「この先で会おう」と言ってくれました。ぎゅっと握手して約束を交わし、先を行くその背中を見送りました。

それから20分程その場に座り込んでいました。もうこのままリタイアしようと思いました。水を飲んでみたり、持ってたジェルを補給してみたり、色々試しながらふと塩熱サプリを持っていることを思い出し、数粒食べてみました。これが当たりでした。猛暑の中、何リットルもの汗をかいて電解質が失われてたんですね。脱水症状なんて初めての経験ですが、塩熱サプリ持っててほんとよかった。

そうして何とか立ち上がり、数十メートル進むと川が見えてきました。他のランナーの輪に加わって、僕も頭から水をかぶります。「行けるところまで行こう」そう思いました。リタイアするのはいつでもできるけど、今自分に負けたらこの後もずっと負け続けるような気がする。行けるところまで行って、だめなら仕方がない。限界まであがいてみようと思ったんです。

34km 横高山の登りと滝寺まで

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脱水症状は落ち着いてきたものの、少し登るとすぐに息がきれて足がふらつくので、途中で何度も立ち止まりつつ、横高山を登ります。ほとんど無心で、目の前のランナーの足を見て、全く同じところにただ足を置くことだけに集中していました。そうして、何とか横高山を登りきり、続く水井山も無心で登りました。水井山からの下りは、右膝の痛みとの戦いでした。たまにカニ歩きを混ぜながら、たまに止まって膝周りのストレッチをやりながら、騙し騙し下ります。

続く仰木峠から大尾山までのゆるやかな登りで、ようやく少し走れるようになりました。完走はほとんど諦めていたけれど「もしかしたら...」という希望が、ほんの少しだけ灯りました。ゆるい登り坂を走っていると、他のランナーをどんどん追い抜いていける。その度にもしかしたら完走できるかもしれないという思いが、少しずつ大きくなっていきました。

そして滝寺に着いた時には、横川中堂の関門突破のためのプランが頭の中にまとまっていました。

  • 3A仰木峠までの4kmを40分で登る (1km10分ペース)
  • 仰木峠からのロードの下り4kmを20分で下る (1km5分ペース)
  • 4A横川中堂までの3kmを40分で登る (1km13分ペース)

これが関門突破の唯一の道だと思いました。45km地点の横川中堂の関門は18:30に締まります。残り11kmを1時間40分。かなり無謀なことはわかってました。僕にとって、平常時でも1km5分は厳しいペースです。登りだって、これまでは1km15分くらいかかっていました。

でも、やるんだよ!

37km 3A 仰木峠

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滝寺からはロードの登りです。ここでは、天候が味方してくれました。あれだけ晴れていて暑かったのに、ここに来て曇り空に変わって、微妙に涼しくなってきたんです。ロード区間で30度超えてたら、絶対無理でした。登りだから右膝も痛くない。心拍上がって苦しいけど、何とか耐えました。そして第三エイド、仰木峠に17:21に到着。プランからは1分遅れたけど、まだ行ける。絶対行ける。エイドにいる他のランナーが何人かもう無理だって話していたけど、聞こえないふり。手作りのおにぎりやおはぎを頬張りながら、仰木の地元の方々の「がんばってね」という言葉と、餡子の甘さを噛み締めていました。

17:23、仰木エイドを出発。気合いを入れて、ロードの下りを1km5分ペースでかっ飛ばしました。下りの重力で、足をとにかく回転させ続けます。少しでも緩めたらそのまま止まってしまうと思って、慣性で足を回し続けるイメージで走りました。肺は悲鳴をあげていたけど、右膝の痛みはなぜか全く感じませんでした。圧倒的な疾走感。わずかな可能性に賭けて始めたこのオンボロの関門突破プランだったけど、最早強迫観念になっていました。キロ5分で走るか、死ぬか。

ロードを下りきって折り返すところに、鏑木さんが立っていました。微妙に達成感を感じて足が緩みかけたところでした。鏑木さんの姿を見て、ドキッとしました。サボっているところを先生に見られたような感覚。まだ何も成し遂げたわけではないのに、足を緩めようとした自分が恥ずかしかった。なので、もう一度加速しました。そしてすれ違うとき、鏑木さんが「絶対行ける」と声をかけてくれました。絶対行ける。やっぱりそうなんだ、絶対行ける。そして、関門まで残り3kmの登りに挑みます。

45km 4A 横川中堂の関門

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関門閉鎖まで残り40分。この時間に横川を目指している周りのランナーは、みんな同じ気持ちだったと思います。きつい登り、でもペースは緩められない。ギリギリの状態です。横川を目指す綱渡りツアー、みんな一言も発せずに、グループになって坂を登っていきました。

何とか琵琶湖展望台を超えて、少しだけドライブウェイを通り、横川に向かう最後のトレイルに突入します。もう心肺も脚も限界で、立ち止まりそうになったところで建造物が見えてきました。ついに最終関門、横川中堂のある横川エリアに到着です。残り10分。

だけど、ここで100段以上ある石段が待ち構えてました。周りにいたランナーは数人。最初は先頭を歩いて石段を登っていた僕も、途中で限界に達して先頭を譲り、最後尾からついていきました。必死で前の人に食らいつき、最後の力を振り絞って、ついに登りきりました。残り7分。

もう、関門突破は確実だと思いました。あとは駐車場までフラットな参道を走っていけば突破です。ついにやったんだという達成感に包まれ走っていると、駐車場の少し手前でコースのガイドをしていたボランティアスタッフの人が叫んでいます。「あと5分!400メートル登れば関門ですよ!」

顔面が青ざめました。もう駐車場目の前なのに、ここから登りのトレイルがあるなんて......後ろを走っていたランナーが「もう無理だよ!」と叫びました。ここまで、絶対に行けると信じて登ってきた僕も、さすがにもう無理だと思いました。その時、僕の前にいたランナーが思いっきり走り始めたのです。それでスイッチが入りました。みんな一斉にトレイルに突っ込んでいきました。無我夢中で腕を振り回し、ただただ走りました。本気で突っ走りました。登りとか、下りとかよくわからなかった。ただ進みました。そして突然トレイルを抜けて見えた駐車場。関門を示すポールの傍に立ち、時計を見つめるスタッフが時刻を告げます「18時29分!」

残り1分を切っていました。本当にギリギリの、関門突破です。最後に一緒になだれ込んだみんなで、ハイタッチして喜び合いました。まだゴールしたわけではないけど、諦めかけた完走が、手の届く位置まで来たのです。

50km ゴール

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ゴールまでは残り5km。3km下って、2km登ります。エイドを出発した時点で、制限時間までは1時間20分ありました。横川までハイペースで飛ばしてきた僕は、完全に油断していました。余裕で行けるだろ、くらいに思っていました。その余裕は、走り始めてすぐに消え去りました。

右膝が完全に死んでいたんです。走りやすい林道なのに、足を置くたびに痛みが走りました。これはまずいなと思っていると、後ろからスイーパーの方々がやってきました。僕の後ろにもランナーがいたはずなのにと思って「僕が最後ですか?」と聞いてみました。僕が、一番最後のランナーでした。

男性が2名、女性が1名、合計で3名のスイーパーの方々が、一緒に走ってくれました。下りを足を引きずりながら進む僕の後ろで、このあたりのコースの話や、ナイトランの話、石川選手の話なんかをされてました。僕は、1年前にランニングを始めてから、ずっと1人で走ってきました。ロードを走る時もトレイルを走る時も、誰かと一緒に走ったことがありませんでした。そしてマラソンやトレランは、そういうもんだと思っていました。己との戦い。1人で、自分と戦うのが、走るということだと。でも、今回井原さんと一緒に走って楽しかった。途中からは1人旅だったけど、でも常に周りにランナーがいて、一緒に関門を目指したり喜び合ったりしました。スイーパーの方が雑談しているのを聞きながら、こういうのいいなと思いながら走りました。3名だったスイーパーの方々に、途中から分岐点でガイドをされていた方々が加わり、最終的には7人くらいの大所帯になりました。

下りの3kmが終わり、最後2kmの登りに差し掛かりました。残り時間はちょうど30分。下りで50分も使ってしまったわけです。でも、登りは膝が痛くない。頑張りさえすれば、ゴールできるかもしれない。そう思って最後の登りに挑みました。

脚も、体力も、気力も、全てを使い切った後の空っぽの状態でした。最後の登りで脚が動いたのは、スイーパーの皆さんのおかげでした。僕の脚が止まりそうになると、手を叩きながら「イチ・ニ!イチ・ニ!」と声をかけ続けてくれました。僕はそのリズムに合わせて、脚を前後に動かすだけです。

トレイルの区間が終わって、残り1km舗装路の急登に差し掛かりました。残り12分。スイーパーの皆さんも同じ急登を登りながら、ずっと励まし続けてくれました。とうに限界に達していた僕の脚だけど、段々壁のように鋭角になる登り坂でもペースが落ちません。イチ・ニ!イチ・ニ!のリズムに乗って脚を動かし続けました。

ゴールの明かりが見えてきて、急登を登りきり、延暦寺会館の前まで何とかたどり着いて、もう全てを絞りきって倒れこみそうになった時に、誰かが叫ぶ声が聞こえました。

「走れ!」

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ゴールまでの残り数十メートルは朦朧とする意識の中でいろんな人の声に背中を押されて駆け抜けました。10時間59分17秒。制限時間43秒前のゴールです。

ゴール地点には、先に完走して待っていた井原さんがいました。25km地点で別れる時に交わした「この先で会おう」という約束は、結局ゴール地点になっちゃったけど、ぎりぎり守れたことにします。そして隣には妻がいて、ボロボロの汗だくの状態でしがみついてしまいました。後で亡霊みたいだったと笑われました。

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順位は409位でした。1000人近く出走したレースで、完走率は46%だったそうです。厳しい、本当に厳しいレースでした。順位はびりっけつですが、完走できたことが最高に嬉しかったです。横川から一緒に走って下さったスイーパーの皆さん、鏑木さん、スタッフの皆さん、ゴール地点にいたランナーの方々、多くの人に祝福していただきました。最後に鏑木さんにインタビューされた時は嬉しくて、調子に乗ってベラベラ喋りまくってしまいました。後で妻にしゃべりすぎって言われるくらい。

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比叡山インターナショナルトレイルラン2015、距離50km、累積標高 3,700mという数字以上に本当に過酷な厳しいレースでした。走っている間は辛くてもう2度とこんなことしたくないと思ってましたが、終わってみると寂しいですね。来年2回目が開催されるなら、ぜひまた走りたいです。次はどんなレースに出ようかな。家に帰って、妻と井原さん夫妻と、酒を飲みながら夜遅くまで話し込みました。