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NMY

京都でトレランをしているおじさんのブログです

東京

昔よく聞いていた曲を聞くと、当時のことが色々一緒くたになって頭に浮かんできます。最近「東京」という曲を聞いて、自分の好きな同名の曲をいくつか思い出しました。それぞれ違うバンドが歌ったものだし、曲名が「東京」ということ以外には関係ないはずだけど、勝手に東京に思いをよせて、勝手に繋げてしまってあれこれ考えていました。東京という曲で、東京の15年間を振り返ります。

1998年

東京

東京

「東京の街に出てきました」から始まるので、東京に出てきたばかりです。僕は福岡から東京の大学に出てきて、2年くらい経ったころです。きみが懐かしくなります、という節があるのできみはどこか東京じゃない地方にいるんだと思います。東京に出てきた青年が、地方に残してきたきみを想う歌です。僕は彼女がいなくて、彼女欲しいなと思いながら聞いてました。僕の持ってたCDプレイヤーは当時出始めたばかりのポータブルCDプレイヤーで、ちょっとでも振動を与えると音飛びするので、歩くときはそろそろ摺り足で歩いていました。摺り足で立川から中央線に乗り換えて、三鷹のバイト先に行く時によく聞いていました。

2005年

東京

東京

1998年の東京から7年後。「きみと別れて僕は石ころになって」から始まるので、もうきみと別れた後です。きみは仕事を辞めて新幹線で郡山に帰ったんだと言います。その郡山に帰ったきみを、環七沿いや小田急線から想う歌です。蝉が鳴いていた夏の日の午後や、雨に濡れて走ったコンビニの帰り道。この7年の間の思い出が、次々と浮かんでは消えて行くようです。この曲はリアルタイムには聞いていなくて、僕が聞いていたのはその数年後、僕が東京を離れて京都に来た頃です。地元に帰ったわけでも、郡山に帰ったわけでもないのですが、何か感じるものがあり、ひたすら聞いていました。買ったCDをリッピングして、iPodに入れて何度も聞きました。

2013年

東京

東京

この東京ではきみについて「きみじゃ届かない、きみじゃ叶わない」と歌われるだけです。もうきみへの想いも、郷愁もありません。東京以外の地名も固有名詞も出てきません。淡々と東京の様子が歌われます。特に恋しいとか懐かしいとか気持ちの描写がないです。放射能の雨が降ることや、父が妻子を殴ることが歌われています。政治家のじじいという歌詞も出てくるけど、政治的なメッセージや主張があるわけでなく、淡々と歌う人の感じる東京を描写しています。日常として今感じている東京がそのまんまあります。

この東京は先日、iPhoneで曲を買って、大分に帰る時に聞いてました。大分の祖母の家ではよくこの曲を聴いていて、後はテレビで都知事選や大雪のニュースを見ていました。ソチオリンピックも見ました。酒を飲んだ父や従兄弟の旦那さんが都知事選挙について話しているのも聞いていました。だからか、社会や政治が日常だというこの曲の態度もそのときの自分の気持ちにフィットしていました。社会も政治も天候もオリンピックも、テレビの向こうやネットのニュースで見たりするけど、不思議と身の回りの日常という感じがしました。ビールを飲んでサッカーを見るのが日常なら、都民でもないのに都知事候補の政策をくさしたり、ロシアでやってる運動会で一喜一憂したり、遠い町に降る大雪の映像を眺めたり、顔に墨を塗り合う祭りに参加したり、わたなべ屋で酔っ払って狼藉はたらいたりするのも、みんな同じようにそこにある感じがします。

東京では2020年にオリンピックがあるけど、その頃に歌われる東京はどんな歌なんでしょうね。