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NMY

京都でトレランをしているおじさんのブログです

はてなとクリスマス

メリー・クリスマス! 今日はクリスマスです。クリスマスを楽しみに、12月1日より毎日交代で綴られてきた Hatena::Staff Advent Calendar 2011 も今日で最終日です。僕ははてなに入社して4年半とちょっと、はてなで過ごすクリスマスは今年で5度目になります。大トリなのに私事で恐縮ですが、僕とはてなの5回のクリスマスをちょっと振りかえりたいと思います。

2007年12月25日火曜日


2007年のクリスマスは、はてなハイクはてなワールドという新サービスをリリースして10日程経った頃でした。その当時、はてなでディレクターという役職は僕だけだったんですが、今のサービス開発の責任者であるディレクターとは少し異なり、作家に付き従う編集者のごとくメイン開発者であるクリエイターを助けつつ一緒にサービスを作るという役割でした。ハイクを作っていた近藤さんとワールドを作っていたwanparkと共に、鉢山オフィスから少し歩いた南平台というところにあるマンションの一室に籠って開発をしていました。

僕は当時新サービス以外にも、d2で実験中だったはてなダイアリーその場編集モードの調整をしたり、Hatenabar の新バージョンの確認をしたりもしていて、オフィスと南平台を行ったり来たりしていました。会社の京都移転も決まっていて、とってもバタバタしていた時期です。写真は2007年12月25日の夜のもの。コッシーとなおやんのG社コンビですね。火曜日なのに夜にご飯が出ているから、多分誰かの面接だったんだと思います。antipop さんの時かな。

2008年12月25日木曜日


2008年のクリスマスはうごメモはてなリリースの翌日でした。9月にはてなキーワードのリニューアルをしてすぐ、秋葉原で1ヶ月以上合宿をしたり、京都に戻ってからもクリマに籠って開発を続け、ようやくリリースにこぎ着けたうごメモはてなでした。しかしホッとしたのも束の間、リリース直後より予想を超えるたくさんの新しいユーザーさんが集まり、すごい数のパラパラ漫画が毎秒毎秒投稿されていました。ある程度覚悟はしていたものの、あまりの数にてんやわんやです。しかもこれまでのはてなのユーザー層とはまるっきり違う雰囲気で、小学生や中学生の方がとても多かったんです。僕の長男が8歳で、僕はこれから息子の同級生達に向けたサービスを作っていくんだなと覚悟を決めた頃でした。

写真は2008年12月25日、エンジニアリングディレクターとしてうごメモチームに入ったばかりのchris4403さんとのツーショットを近藤さんに撮って頂いたものです。僕にとってはディレクターとして初めて自分が主体的に開発を担当した新サービスのリリース直後で、ちょっと浮かれた感じですね。

2009年12月25日金曜日


2009年はうごメモのバージョンアップにうごメモの国際化にとうごメモづくしな一年でした。特に海外でもうごメモがリリースされて最初の年末商戦。これまで順調に増えていたユーザー数や投稿数が更に飛躍的な伸びを見せ始めた頃です。この年のクリスマスはうごレターをメールアドレス宛に送れる機能をリリースして丁度10日後。DSiから手書きのメールが送れる画期的な機能で、これまたたくさんの方に利用されて非常に手応えを感じていたのですが、今後の売上げの柱となるはずの有料オプションが全く振るわず悩んでいました。

写真は2009年の12月25日金曜日。会社のTGIFをこっそり彼女と抜け出して、京都駅にクリスマスツリーを見に行きました。クリスマスに女性とデートでホテルのレストランに行くなんていう体験を生まれて初めてしました。完全にリア充ですね。

2010年12月25日土曜日


2010年、はてなランドを閉じた後に長らく所属していたうごメモチームを離れて、新サービスチームとして開発を始めて暫く経った頃、クリスマスを迎えました。新サービスのiPhoneアプリを開発していて、年内に社内リリースをしようと開発を進めていたころです。はてなランドを閉じたショックも癒えぬ間でしたが、何とかもう一度前を向いて新しいサービスを作ろうと決意したのです。

写真は2010年12月25日。土曜日で会社がお休みだったので三条まで買い物に行きました。寒い寒い冬の日でした。

2011年12月25日日曜日


そして今日、今年のクリスマスです。祇園のウィンズで馬券を買い、新京極の大衆食堂で鳥天をつまみながらビールをあおり、店内のテレビで有馬記念を見ていました。

この1年は辛い1年でした。ディレクターとして、社会人として、人間として、自分が情けなくなることがいっぱいありました。度重なる方針転換やスケジュールの変更で開発チームのみんなは勿論、チーム外のスタッフにもたくさん迷惑をかけました。子供達と遠く離れて暮らすことになり、毎晩のように2人のことを夢に見ました。自信をなくし、もうだめだ、会社を辞めたいと思ったことも何度もありました。それでもやっぱり僕は京都に残って、はてなでサービスを作りたいと思っています。

もうすぐ、新サービスもリリースの予定です。リリースするまでもしてからも、成功するまで頑張り続けたいです。